なんだかね。
見えない世界に翻弄されてる人って、案外多いように感じるんです。

「彼女が浮気してるかも……」
「上司から評価されていないかもしれない……」
「これからの人生、うまくいくのかな……」

「見えない世界」っていうのは、「自分が認知していない(できない)世界」のことです。
相手の感情や反応を想像してみたり、「起きたらやだな~」とか「こうじゃありませんよ~に!」というような、まだ自分の目の前には展開されていない世界。そこに不安を感じてしまったり、いろんなことを考えて気分が暗くなっちゃったり―――。

そんな、まだ起きていない現象を気にしちゃう人が、そこそこ一定数いるように見えるんです。

ぼくからしたら、なんでそんなことに大事な脳内メモリを使ってるの? と思っちゃう。
そんな、考えても仕方がない、どうしようもないことに、わざわざ時間と気持ちをとられる必要ありますか? そんな、まだ見えていない、起きてもいないことに意識を向けるヒマがあるのかな? と。

そんなの全部、ムダな時間でしかないじゃん。
そんなこと考える時間があるなら、もっと楽しいことを考えたり、楽しくなるための思考・行動をしたらいいのに、と思うんです。

彼女が浮気をしていようがしていまいが、別にど~でもいい。
ゆ~たらそれって、まだ起きてないんでしょ? と。
自分はいま、それを認知してないんでしょ? と。
浮気をしているかどうかなんてわからないし、わかってないんでしょ? と。

「彼女が浮気をしているかもしれない」と思った時点で、考え得ることは2つだけです。
1)もしそれが現実だとした場合の実害レベルを評価する。
2)それがネガティブ評価だった場合に、自分がいまできることをする。

これだけでしかないと思うんです。
もし浮気をしていたとして、それによって自分と彼女の関係性に何かしらの実害が発生しているのか、と考えてみる。上司が自分を評価してくれているのかどうかも同じです。評価をしていなかった場合に、じゃあそれはどれだけ自分の何に、実害が生まれるのかを考えてみる。

浮気をしていようがしていまいが、上司が自分をどう評価していようが、「それそのもの」によって自分にとっての実害が、「いま」生まれているなら、何かをどうにかしなくちゃいけないと思います。
ただ、ほとんどの状況の場合、それはリアルタイムで自分が損しているわけではないと思うんです。たぶん自分が勝手に「こんな未来になっちゃったら……」と妄想して、勝手に自分で自分を追い詰めているだけ。ほとんどの場合は、たぶん現実は何も起きていません。

勝手に見えない世界を想像して、
勝手に「そうなったらヤダな」とネガティブになってるだけでしかない。
ほとんどの場合、いま、現実に、リアルタイムでは、何も起きてないんです。

それなのに、勝手に心配してしんどくなってる。

浮気をしていたとして、だから何なの? と。
目に見えて自分と一緒にいる時間を楽しそうにしていないとか、なんだか愛情を感じなくなったとか、一緒にいるにもかかわらず、いっつもiPhoneを覗きながらウキウキしてる感じで自分に興味をもってなさそうとか、そういう実害につながるのなら、それを解決すればいいだけでしかありません。
んで、それは別に浮気相手がいるかどうかという話じゃなくて、自分と相手の時間の過ごし方の問題でしかありません。それをどうにかするために、他の誰でもない「自分が」、「いま何をすれば」そんな状況にならずに済むか、ということでしかありません。

なのに、自分には見えていない世界を勝手に想像して、悩んだり疑ったりしんどくなったりしている人が、けっこう多いように思うんです。

見えてないならどーでもいいじゃん。
いま、まさにリアルタイムで実害がないのに、
なんでそんな見えない世界に意識を向けてるの?
と。

とはいえ、「でも、浮気してたら別れることになるかもしれないやん」とか「上司から嫌われてたら、給料が下がるかもしれへんやん」と考えてしまうのもわかります。

でもさ。
もしそうだったとして、自分ができることは何よ?
と、考えればいいだけじゃないですか?

もしそうだったとして、「浮気すんな!」とか「おれを好きになれ!」つって、どうにかなるわけじゃないわけです。

彼女が浮気をしてよーが、上司が自分を嫌っていよーが、それを変えるのは、そんな見えない世界を「知ること」によってではないはずです。知ったからといって、何かが変わるわけじゃない。
できることは、「じゃあ、おれはいま、何をする?」でしかない。

彼女に「浮気をするな!」と言ったり、
上司に「おれを好け!」と言ったりして、
それで相手が変わるなら、すればいいと思います。

でも、そんなのはあんまり根本的な解決にはなりません。

そんな「見えない世界」がもし現実だとした場合で、そしてそれを今の自分がまだ見えていないとした場合に、その状況を変えるためにできることは、相手を変えることではなくて、それを心配してネガティブになることでもなくて、「おうおう、実際のところはどうなんだよ!?」と相手に詰め寄ることでもなくて、自分が「いまできることをする」ことでしかないわけです。

わざわざ隠れたネガティブな現実をムリヤリ覗こうとする必要性って、なくないですか?
覗こうとするならまだしも、覗きもせずに勝手に妄想するって、意味なくないですか?

浮気されたくないなら、浮気されないような人間になるしかない。
上司に好かれたいなら、好かれるように努力するしかないわけです。

見えない世界を妄想して、ネガティブになるくらいなら、無視しちゃえばいい。
じゃあ、いま、自分は何をすれば良くなるの? だけを考えればいい。
たったそれだけの話だと思うんです。
他人の感情はアンコントローラブルです。自分の動き方はコントローラブルです。それなら、アンコントローラブルなものにムダな労力を割くよりも、コントローラブルなものに意識を向けたほうがよっぽど楽になりやすい。

勝手に妄想して、ネガティブになるのは、もう止めたほうが良さそうじゃないすか?