本屋さんに行くと、いろんな本があります。
ぼくが行くことが多いのは、ビジネス書と新書のコーナーですが、どっちの棚にも「時間の使い方」みたいな本がけっこうあります。ぼくはあんまりそういう本は読まないのだけれど、個人的には自分の時間の使い方をどうにかするよりも前に、まずは何してる時間かを意識することが第一歩だと思っています。


んで、その「時間」というのは、4種類に分けて考えてみたらいいんじゃないかな、と。

ひとつは、「インプット」の時間。
読書もそう。ネットでの調べものもそう。人から何かを教えてもらったり、大学で講義に出ているときもそうかもしれません。知識やテクニック、考え方やら方法論など、自分の中に何かを取り込んでいる時間が、インプットの時間。

で、2つ目と3つ目は、どちらも「アウトプット」の時間。
アウトプットというのは、知識であろうが行動であろうが何かしらのモノやコトを、自分から生み出している時間のこと。これまでのアタマの中の蓄積やアイデアを、言葉や動きによってアウトプットをする時間。
ただ、これには2種類あって、その目的や内容によって、どっちなのかが変わる。

それは、「拡散アウトプット」「集約アウトプット」の違い。
就活で「ぼうけんの書」を書いているときもそうだし、仕事をしていて企画や次の動き方を考えるときも、そうじゃないかと思います。つまりは、広げるアウトプットか落とし込むアウトプットかの違い。

「拡散アウトプット」っていうのは、「とにかく出す」ことを目的としたアウトプット。
アイデアラッシュやブレストのように、まずは可能性のあるものを全部出してみるとか、とにかく最終的な形はどうあれ、まずはとにかく出して、広げる。

一方、「集約アウトプット」は、最終的な成果物に落とし込むためのアウトプット。
出てきたアイデアや可能性や選択肢を取捨選択したり、一番効果的であろうという内容にまとめたりして、高いクオリティを実現するためのアウトプットがこっち。

スポーツに当てはめてみると、「練習」が拡散、本番の「試合」が集約とも言えます。
練習の繰り返しによって、自分の身体の使い方の可能性を広げる、本番で発生するシチュエーションを想定して、それに対応するための方法を考える。そうしたアウトプットで可能性の幅広さを生み出すからこそ、本番の試合でもクオリティの高いアウトプットにつながるわけです。

思考作業としてのアウトプットをするときなら、ぼくの場合、「拡散」のときは酔っ払っているほうが良いアウトプットにつながりやすくて、「集約」のときはあんまり酔ってないほうがいいみたい。

そんな感じで、
「インプット」
「拡散アウトプット」
「集約アウトプット」
に加えて、もうひとつ。

それが、「遊び」の時間。
これは「休憩」の時間とも言えるし、「怠ける」時間とも言えるし、「趣味」の時間でもあるかもしれないけれど、つまりは「アウトプットを前提としない時間」のこと。ただただ、楽しければいい。なんの成果も求めない。そんな無目的の時間。
これも案外だいじな時間。


そうやって、自分が過ごしている時間を4つに分けて、「いま何の時間?」って考えてみるのもいいんじゃないかな、と思うんです。というか、ぼくはそうしてます。
そしてできれば、自分が起きている時間の中で、この4つがどんなバランスのときが理想的なのか、までわかると、自分の過ごしかたに意識的になれるんじゃないかな、と。
もちろん、人生のいつ何時でも同じ配分であるはずはないし、それは毎日変わったりもします。何より、「普段からそんなに考えすぎてたらしんどい」と感じる人もいると思います。

ただ、せっかく限られた時間なんだったら、「この時間って、何のために使ってるんだろうなぁ」って、ぼんやりでも考えられたら、ぼくはやっぱり人生の価値や楽しみ残高が増えやすいように思うんです。それは学生であっても、社会人であっても関係なく。

んでですね。
人生は、この4つの時間のサイクルの繰り返しで回っていってるんじゃないかとも思うわけです。
大きいサイクルや小さいサイクルの繰り返しや積み重なりがいくつもあって、それぞれのタイミングがあったり、時間も長かったり短かったりしつつ。

だから、たまには考えたい。
「いま、何の時間?」

日本に四季があるように
自分の人生にも野球にも四季があるんじゃないですか
冬が来ても冬の楽しみ方をして
前向きに生きていきたいなと思いますね
桑田真澄