スティーブ・ジョブズには、スティーブ・ウォズニアック。
井深大には、盛田昭夫。
本田宗一郎には、藤沢武夫。
そして佐治敬三には、開高健。
佐治敬三と開高健 最強のふたり
北 康利
講談社
2015-06-24



企業の「顔」でもある有名な経営者のとなりには、「名パートナー」がいました。
ジョブズばかりが注目されるけれど、ウォズニアックがいなければアップルはなかっただろうし、井深大と盛田昭夫の両輪が噛みあったからこそソニーは躍進した。ホンダだって藤沢武夫がいなかったら、本田宗一郎は元気で頑固なバイク屋のおっちゃんだったかもしれません。そしてサントリーの佐治敬三と開高健は似たようなやんちゃな2人だったけれど、お互いがお互いを熟知して支えあっていました。

有名な経営者ですら、自分を補完してくれる人がいた、ということ。
そして、その補完者がいたことによって、成功にドライブをかけられたということ。


じゃあ、自分の「補完者」は誰?
何が補完されれば、もっと良い状態になるんだろう?
 

ルフィくん、「補完」されまくり。

自分を補完してくれる人をわかっていると、自分の力以上のことを成し遂げられるはず。
仕事でも恋愛でも家庭でも、普通の日常生活だって、なんでもそう。
ルフィくんなんて、「補完」されまくりです。
おれは剣術を使えねェんだコノヤロー!!!
航海術も持ってねェし!!!
料理も作れねェし!!
ウソもつけねェ!!
おれは助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある!!!
ってやつです。(別にウソはつけなくていいと思うけど……)

そういう意味で、よく離婚やバンドの解散なんかで「価値観の不一致」なんて言うけれど、それって「違うからいいんじゃん?」とぼくは思うんです。そもそも価値観が一緒なんて楽しいか…? と。
ジョブズが2人いたらアップルはもっと凄かったか、といったらぜんぜん違います。本田宗一郎が2人いたって、おもろいバイク屋さんが2つになるだけです。井深さんが2人いたって、世の中にウォークマンは生まれません。

違う人が補完し合うから、新しいものが生まれるし、人の能力や成果が最大化されるわけです。
違うからいいのに、「違うから袂(たもと)を分かつ」なんて、ただ両者の許容度と自己認知と耐性がないだけやん、とさえ思っちゃう。
 

「依存」や「寄生」にならないように。

得意分野が違う人が合わさるから、両者が活きる。
だからこそ、自分を補完してくれる人を見つけましょう。
そのためには、自分に足りないものを知っておこう、と。
そう思うんです。

弱みは克服しなくていい。強みをしっかり伸ばせばいいんです。足りないところは、誰かに補完してもらえばいいんです。
いまの時点で自分に「パートナー」と呼べる人がいるならば、何を補完しあっているのか、わかっているといいだろうし、まだそういう人がいないなら、どこを補完してもらえばいいのかは知っておきたいところ。

自分が何者なのかをわかっていること。
それがあるから「補完するもの」がわかる。
自分を補完する人はどんな人なのかがわかる。
自分はどんな人を補完できるのかがわかる。

自分がわかっていないと、何を補完すればいいのかもわからない。ただ単に「居心地がいいから」とか「価値観が合うから」でパートナーを選んじゃう。
それはそれで幸せだったりするとも思います。
ただやっぱり、お互いに補完しあえる関係って、とっても幸せな状態だと思うんです。
そうじゃない場合って、もしかしたら単なる依存か寄生でしかないことも多いかもしれません。もっと言えば、世の中にはただ傷の舐め合いをしているだけだったり、共依存しているだけの関係性ってたくさんあります。

自分が立つべきところで立つ。そのためのエッジを立てる。
でもそれだけだと、足りないところはそりゃ生まれる。
それを補完し合えるパートナーを見つけられたら、人生はもっと楽しくなるはずです。

んで。
そのためにはやっぱり、自分を知ることが大事。
いわゆる「Win-Winでサステイナブルなパートナーシップを構築できる相手」を、知っておくといいんじゃないかな、とぼくは思います。