ぼくはあんまり「悩む」ということがなくて、悩んじゃう人がなんで悩むのか、自分があんまり悩まないのってなんでなのかを考えていて、ちょっと思いついたので書いてみますね。
ただ、自分でもまだまとまりきってなくて、ちょっと伝わりにくいかもしれないので、あんまりしっかり読もうとせず、さらっとでいいです。んで、「わかんね~よ!」とか「違うだろ!」と思ったらなんなりと感想をいただければ、うれしいです。


端的に言ってしまえば、「悩みやすい人は、現象から目を逸らしちゃおう」という話。

とはいっても、「気にしなけりゃいいじゃん」とか「時間が経てば解決するかもよ?」という話ではありません。「現状」からじゃなくて、「現象」から。

というのも、ぼくの感覚でいうと、悩む人が「どちらを選ぶか」とか「やるかやらないか」とか「どうしようかな……」ってグルグルしちゃうときって、目の前の「現象」について考えているように思うんです。
たとえば、「あの子が振り向いてくれるかな…?」とか「これをやったら怒られるかな?」とか「言いたいのに言えないな」とか何でもいいんです。そんな「悩み」を抱くときって、そこには「あの子」だったり「バイトの先輩」だったり「これから発生するかもしれない出来事」といった、「現象」を考えてる。

彼女にフラれるという現象。
バイトの先輩に怒られるという現象。
言ったら友だちからハブられるという現象。

ただ、その悩みはたぶん「現象が発生することそのもの」から生まれてるんじゃない気がするんです、ぼくは。
それらの「現象」そのものは、もちろん大切なことではあるんだけれど、重要なのはそこではなくて。それ以上に重要なのは、その現象が発生したときに「自分の欲求が満足されない」ということ。そこに対する不安が、決断を迷わせているんじゃないかというのが、ぼくの考え。仮説です。

注視すべきは、現象じゃなくて欲求。
「フラれるかも」というのは、「嫌われたくない」と「でも知りたい」の間で揺れている状態。
「怒られるかも」も、「嫌われたくない」と「でも試してみたい」がシーソーしてる。

つまり、自分の中にある複数の欲求の中で、どの欲求を満足させたいのかの優先順位が決まっていない。トレードオフ(=あっちを立てればこちらが立たず状態)で対立する複数の欲求の中で、譲れないほうの欲求が何なのか。大事なのは、そうした「欲求」の部分じゃないのかな、と思うんです。

何かしらの現象が起きることによって、自分の欲求が満足されない状態になる。
しかも、それが複数の欲求によって成り立っているから、選べなくて迷う。
それが「悩み」の根本。


だからこそ、「現象」で考えないこと。
現象から目を逸らして、欲求に注目してみること。
現象によって、自分の欲求にどんな影響があるのか、を考えてみる。
そもそも自分はどんな欲求を満足させたくて、いま悩んでいるのか。
その複数の欲求の中で、いちばん優先順位が高い欲求は何なのか。

そう考えれば、あとはそこで決めたひとつの欲求を「最大限に満足させる」ことを考えればいいだけになる。
複数の欲求を、同時に満足させようとするから悩むんです。
迷ってるヒマがあったら、自分の欲求を最大限に満足させることに頭を使ったほうが、結果的に欲求の満足度が向上する可能性は高くなります。


悩みを生み出すのは、いつも「欲求」。
自分の欲求に敏感に、自分の欲求に意識的に、自分の欲求の優先順位を。
そのへんが明確になっていれば、悩む回数は減るんじゃないかな、ということを考えてみましたが、どうなんでしょう。