ちょうど皿を洗っているときに考えていたのですが、ぼくにとっては皿洗いもゲームでした。

つまり、1枚あたりをどれだけ早く洗うか。
最近のぼくは、ドラッカー先生の教えに習って、毎日の作業の時間をはかっています。iPadに専用のアプリを入れて、日々の作業について「だいたいどれくらいでできたか」を可視化していけたらいいなぁ、と考えて毎日ちょこちょこと時間管理をしてみてる。

んで、その作業リストの中に「猿基地ルーティン」というのがあって、それで毎日どれくらい店のことについて時間を割いているのかを測っているわけです。
毎日やっていると、「今日のこの文量だと、たぶんこれくらい」というのが具体的に見えてきます。
たとえば皿洗いの場合でも、「自分の予測との誤差をいかに小さくするか」そして「今までよりもどれくらい作業を短縮・効率化できるか」を意識しながらやる。

これって、世の中的に言う「ライフハック」的なことじゃなくて、ぼくの中ではゲームなんです。

レースゲームとか時間制のパズルゲームをやっているのと同じ感覚。レースゲームって、同じコースをどれだけ早く走れるか、がゲームのルール。パズルゲームだって、制限時間内にどれだけのブロックを消せるか、というルールのもとで遊ぶものだったりします。

皿洗いも、それと同じ。
「同じ文量の皿を、どれだけ早く洗えるようになるか」
「予測した時間と、どれだけ誤差なく終えられるか」
そういうルールのもとで、一人で遊んでる。

これって、別に皿洗いにかぎった話じゃなくて、「どれだけ焼酎の可能性を引き出す入れ方を編み出せるか」とか「世間の他の店と比べて、明らかに違う湯割りを入れられるかどうか」というゲーム。

就活ゲームだってそうです。

「就活をどれだけシンプルにできるか」
「複雑なものの中にある、法則的なものを見つけられるかどうか」
「自分の言葉によって、どれだけの人を幸せにできるか」

そういうことを考えて、自分なりにルールを決めたり、勝敗を決めたり、技術やテクニックを磨いてみたり、新しい技を発見してみたりするゲームを遊んできた結果として、『就活ゲーム』が生まれたわけです。


で。
生活をゲームにするためには、まずはルールの設定からなんです。
ルールがないと、何も始まらない。
サッカーは「足でボールを扱って、相手のゴールにたくさん入れたほうが勝ち」というルールがあるから面白い。そのルールがなかったら、手も使っちゃうし、チームメイトとの意思疎通だってできない。どんな練習をすればいいのかもわからない。

だから、とりあえず自分で勝手にルールを決めちゃう。
端的に言えば、「何ができたら勝ちなのか」。
それを、自分で、勝手に、決めちゃう。
そうすることで、世間のルールとか一般常識みたいなものから開放されやすくなると思うんです。
実際はそんな「ルール」なんてないのに、変に縛られて勝手に「そういうルール」を想像しちゃう。サッカーのコートにバットとかを持ってきて周りから引かれちゃうわけです。
んで、「生き方」については、世の中にはそんな大層なルールなんてありません。人を殺しちゃいけないとか、法律は守りましょう、というくらいしかないんです本来は。

大きな話じゃなくて、自分の生活をどんどん勝手にルールを決めて、試してみる。
先日紹介した佐渡島さんの本にも、こんなことが書いてありました。

日本人は「ルールを守ること」を美徳とします。しかしぼくは、ルールを守ろうとするよりも、ルールを変えようとしている人のほうがカッコよく思えるのです。

起業してから心がけているのが、まず「新しいルールで行動する」ということです。新しいルールで行動している個人や組織が、どんどん存在感を増していき、みんなから「そのルールもありなんだ」と思ってもらう。それがいちばん早い方法だと気付いたのです。

自分でルールを作って動いてみる。
それで周りも楽しかったり、納得してくれるようになれば、たぶんもっと人生は楽しめる。


ぼくが仲良くしている経営者ラブたんという人も、やっぱりそう。
彼のルールのひとつが「年に3つは、未体験のことをする」ということ。
それでフジロックに屋台を立てちゃったり、最近注目されてるAirbnbとかも始めたり、また新しい拠点を作ったり、いきなり船の仕事をしたりする。

そうやって自分でルールをつくって、人生をゲームに変えて、全力で遊ぶ。
妄想ルールに縛られるよりも、そのほうが楽しい気がします。


ということでぼくは、今日はそのラブたんと一緒に、彼の店で串カツ屋さんをやってみます。
19時半くらいから夜遅くまで、ちょっと寒いけれど、お暇な人はぜひぜひ来てくださ~い♪
船岡温泉の斜め前、立ち飲みカドヤで待ってま~す。