芸能人が不倫したり、お相撲さん界隈が騒がしかったり、女子高生にチューしたり、えらい人が手を縛りたがったり、一国の首相が「アベ!」とか言われている昨今。
一般の若い人たちは若い人たちで、就活やら仕事やらに追われて元気がなかったり、不安になったり悩んだりしちゃっています。

「な~んでこんな世相になってんだろ~」と思いつつ、ぼくはぼくで「楽しく、気持ち良く、適当に」で、そのへんの対策というか「どうしたらもっとみんなが楽しくすごせるのかな~」と、日々考えているわけです。

が!
まさに昨日、皿を洗っているときに、「これだ!」と。
もう、アルキメデスの気分。「ユーレカ!!」と。

それが何かというと、本当にバカみたいな言葉で、ありきたりな言葉ではあるんですけれど、ぼくの中では決定的にこれだと思ったのが、

足りてないのは、「わくわく感」

じゃないか、と。
若い人も年寄りも、えらい人も学生も、日常的に「わくわく」が足りていない。「わくわく」を意識できてない、というかそういう無意識スイッチとして「わくわく」を求めない思考になってしまっているんだと思ったんです。

毎日のニュースで各分野での不祥事が伝えられて、ちょっとしたことに眉をつり上げて、拳を上げて、石を投げるかのような姿勢になる。だいたいのことはインターネットで調べれば答えがわかっちゃう。知らないことは、調べたらわかっちゃう。その割に、「自分らしい生き方」みたいなことは、どんなに調べてもわからない。

そういう不寛容社会かつ情報社会の中で、「わくわく」が去勢されちゃってる。
「わくわく」がなくて、「ビクビク」もしくは「モヤモヤ」だらけ。
そんなドーパミン不足、βエンドルフィン不足が、いまの日本なんじゃないかな、と。


ぼくはこれまで、多くの人が「楽しく」すごしてほしいなぁ、と考えて、そのための方法や関わり方や考え方を広められたら、と動いてきたつもりだけれど、「楽しい」だとちょっとカバー範囲が広すぎるんですね。
「恋人と一緒にすごす」のだって楽しいし、「美味しいものを食べる」のだって、そりゃ楽しい。けれど、それはどちらかというと「安心」とか「満足」みたいな感情だと思っていて、「そのへんとは違うんだよな~」とも感じていました。

他にも、「ポジティブに」というのもちょっと違っていて、ポジティブは考え方のスタンスの話であって、そこには対象の有無はあんまり関係ない。「この対象にはポジティブにするけど、この対象にはそうじゃない」というのは、あんまり「ポジティブ」っぽくないわけです。

その点、「わくわく」は、しっくり。

その対象が大きなものでも小さくても、「何が起きるかな?」、「これってどうなるんだろ?」、「お~! こんなアイデアが!」、「これってもしかして……?」って、何かに対して期待をしたり、興味をもつことであって、新しい何かが生まれそう。

それで改めてまわりを見渡してみると、ぼくが興味のある人たちって、やっぱりみんなわくわくしながら過ごしてるように見えます。


「そんなワクワクすることなんて、そうそうね~し」

って思う人は、わくわくアンテナを畳んじゃってるだけです。
そのまま過ごしてると、モヤモヤビクビクを通りこして、イライラになっちゃいます。

わくわくなんて、日常にだっていくらでもあります。
ぼくは、鳥貴族に行って「山芋鉄板焼を肉豆腐と合わせたら美味いんじゃない?」とか「この濃厚ラーメンにカマンベールコロッケを入れたら、もっと濃厚になるかも……!」なんてことでわくわくしてるし、「就活ゲームがもっと広まったら、日本の就活どころか仕事や社会まで変わるかも~!」でもわくわくしてます。

就活でも仕事でも、わくわく感を忘れてしまうと、そりゃつまらない。

ホントにバカみたいな言葉なんですけど、個人的にむっちゃしっくりきています。
みなさん、わくわくしてますか~?

わくわくアンテナが麻痺する前に、小さなわくわくを意識してみる。
それだけで、日常生活はぜんぜん変わると、ぼくはけっこう本気で思ってます。
女人禁制とか財務次官とかゲスとかアベとか、ぜんぜんわくわくしないでしょ。
日常のわくわくにもっと敏感になって、楽しくすごす人が増えますよ~に!!



そうさ君はムダに年をとりすぎたのさ
できる事なら一生
赤ん坊でいたかったと思うだろう
そうさすべてのものがめずらしく
何を見ても何をやってもうれしいのさ
そんなふうな赤ん坊を
君はうらやましく思うだろう
う~ん、名曲。