「長所や強みを聞かれる質問って何を書けばいいんですか?」
ってなことを学生に聞かれまして。

個人的には、「いまだにそんなフォーマット的な質問を投げかけてくるような企業なんて人事がぜんぜん勉強してない証拠だから、そんな会社は受けんでいい。
ってか、そもそも紙でエントリーシートを提出させるなんて、価値観的にもマーケット的にも合わないし、学生に対して気を配れず、時代から遅れていくだけだから書いて提出するだけ、時間のムダ」と思いつつも、学生にとってはそんなわけにもいかないでしょうから、しゃ~ないながらに話を聞いてみたわけです。

んでですね。
じゃあ彼らはどう答えているかというと、
「協調性」とか「行動力」とか書いてるわけです。
ぐは……なんて想像どおり……。

も~~~~~う!!
ちが~~~~う!! よ♪

こういう「〇〇力」とか「△△性」は使わずにやろうよ、という話は昔むかしにも書いたので、それはこちらを読んでいただくとしてですね。

ここで考えたいのは、「伝え方」の部分。

たとえばですね、あなたが異性からアプローチされたとします。
そのときに、かたや「アンタを一生幸せにする! その想いとやさしさは絶対に誰にも負けてへん」と言うとしましょう。
一方でもう一人は、「二人で一生幸せに生きていきたい! その想いとやさしさでは誰にも負けるつもりはあらへん」と言うとします。

他の場面でも想像してみましょう。
あなたは、もともとサッカー部。それなりに上手で、県の高校選抜くらいには選ばれるような経験をしていたとします。
んで、目の前のサッカー小僧の小学生が言います。
一人は、「おれ、スルーパスがむっちゃうまいねん。ほら? どやろ」と。
んで、もう一人は「スルーパスを決めるのって、めちゃ楽しいから、もっと練習して上手になりたいねん!」

しつこいけれど、もうひとつ。
そのへんにいる男性に「アピールポイントは?」って聞いてみる。
で「カッコよさ、やな」と言う人と「カッコよく生きたいと思てる」という人がいる。


さて、それぞれどちらのほうが受け入れやすい?
どっちの人のほうが、「なるほどそうなのね~」って思えます?
自分なら、どう言うかな?

ぼくなら断然、どれも後者のほう。
聞き手としても、後者のほうが受け入れやすいし、自分が言うとしても後者です。
だって前者の言い方って、恥ずかしくなっちゃいません? よく恥ずかしげもなくそんな断言できちゃうよな~、って思っちゃいます。

社会人が学生に「あなたの強みは?」って聞いたときに、「行動力です!」とか「協調性が私の長所です!」って答えてきたら、ぼくなら「まじで!? それ断言しちゃう感じなの? ほうほう、むっちゃ自信があるんだねぇ」という感じ。
ぼくが答える側だとしても、「動く量と速さは人に負けたくないと考えてきました」とか「集団でいるときには、楽しくなさそうにしている人がいないか、いつも気を配るように気をつけてきました」と言うくらい。

だって、前者の言い方って、いくらでも疑う余地があって、とっても視野が狭そうで、肯定しにくく否定しやすくて、それらを含めて自信過剰にも見えちゃうように思うんです。これって、ぼくがいじわるな考え方をする人間だから……?

一方で、後者の言い方だと、それは言ってる人の考え方だから、そりゃあ否定はできません。「幸せにしたい」も「スルーパス楽しい」も「カッコよく生きたい」も「動きでは負けたくない」も、そうかそうかなるほどね~、になる気がしませんか。
んで、何よりも「その人」がわかって、信用できる気がしませんか。

これって、ぼくがず~~~~~~~っと言い続けているように、
「欲求」の話なんです。

前者の答えは、それがホントかどうかわかりにくい。
けれど、後者のほうは、どれもが彼らの「欲求」です。
だから、否定できないどころか、その人が見えやすい。
それは、強みや長所を伝えるときにも同じだと考えています。
んで、「行動力があります!」とか「協調性が長所です!」というのは、やっぱりぼくには就活病の疑いを投げかけずにはいられない。だって普段の会話で、強みや長所を聞かれて、そうは答えないでしょ?

就活病のウイルスは、すぐに学生を冒しにかかってきます。
ちょいちょいそのへん、気をつけて。楽しく就活していきましょ~う。

んで、まわりの就活病学生たちに引っ張られず、ホントの自分の姿で就活を進めていく学生が増えますよ~に!!