就活にかぎらず、学生たちは日常生活を送る中でも、いろんなものに不安を感じたり、気を遣ったりしているように見えます。
他人の目や常識と言われるものに、「これを言ったらどう思われるだろう?」、「この場での正しいふるまいは何?」って、まるで怯えているかのように、いろんなことを気にしちゃってる。
日常生活でさえそうなのだから、より「他者の目」や「評価」が突きつけられる就活になったら、そりゃ更にどんどん臆病になっていく。それでスパイラル的にエネルギーが損なわれていって、「最近の学生は元気がない」なんて言われちゃったりする。

それって何でかな~、なんて思って、どうしたらいいのかな~、と考えてみて、ぼくなりにちょっとした仮説と対策を思いつきました。

というのは、そういう学生ってもしかして、
「世の中は、100点満点評価」
で考えちゃっているんじゃないか仮説。

べつに「偏差値教育の弊害」みたいな話がしたいわけではなくて(それなりに一定の影響はあるとは思いますが)、イメージとしてそういう感じ。
なんだか「目指すべき完成形」みたいな理想像や到達点があって、それを目指して動いていかなくちゃいけない。しかもそれは加点評価じゃなくて、減点方式。できないことが露呈すると、そこでどんどん点数は減っていく。そういうスタンスになっちゃってるんじゃないか、と。

しかも世の中には、そんな評価を受ける教科が、数え切れないくらいたくさんある。
人との関係、スキルや実績、できることを増やして、正しい立ち居振る舞いをしなくっちゃいけない……。いや~、ぼくにとって想像するだけでしんどいし面倒くさそう! ってか、書いてるだけで気持ちが落ち込んでいく!(笑)

そりゃ、そんなんを十数年も続けてたら、そりゃ自信をもちにくくなるのも当然です。
自己肯定感だとか、自己効力感だとか以前に、自分の「できていない」ところばかりが目についちゃう。よくない。それはよくないです。


なので、もし「それはあるかもな~」という人がいたとしたら、こう考えてみたらどうでしょう。
「世の中は、3割バッターで充分」
っつ~ことですね。それがぼくの考える対策。

もうね、100点なんて目指さなくていいです。
ってか、点数的に考えるからわけわかんなくなるんです。
それこそ採点基準も、教科の比重も人それぞれ。
しかも、自分の獲得点数なんてわかるわけがないんです。

だからこその「3割バッター」感覚。
何をするにも、3割超えたらよゆ~でおっけー。
3人に会ったら、そのうち1人と仲良くなれたらおっけー。
1日にしんどいことが2つあっても、1つでも楽しいことがあったらおっけー。
何かの練習をして、2回失敗しても、1回できたらおっけー。3回失敗しちゃったら、あと3回やってみて、そのうち2回うまくいったらおっけー。それでもあかんかったら、10回やって3回できたらいい。

それこそ就活だって、3社受けて1社受かれば充分じゃないですか?
受けた会社ぜんぶに受かるなんて、そんなの超人じゃなくちゃムリ。
働き始めてからだって、3回商談をして1回契約とれたら、だいたいおっけーです。
異性3人と付き合って、「生涯ともにすごしたい」と思える人が1人いれば充分じゃないですか?

プロ野球の選手でも3割打てたらレギュラー定着。ダルビッシュだって、去年の成績は31登板の10勝で、今オフには「最も注目のFA選手!」とか言われるわけです。
世界の有名人イエス・キリストですら、信じているのは世界の33%にすぎません。
猿基地のお客さんも、新規で来てくれた人の3割が馴染みになってくれたら、忙しすぎてやっていけなくなっちゃうくらいのレベル。

世の中のだいたいのことは、3割で充分なんです。
とりあえず、3割で充分すぎるほど充分。

それを10割や100点を目指そうとしちゃうから、失敗がこわくなっちゃう。
すべての人に、すべての会社に、すべてのタイミングで、すべてのジャンルで、10割100点を目指そうとするから、しんどくなる。

だから、「3割バッター」感覚。
んで、そうやって考えたほうが、ちゃんと個性が出る気がするんですよね。
「3割でいい」ってことは、雑にいえば「7割はどーでもいい」ということです。
そのどーでもいい7割にかけてる労力や工夫や意識を、「ちゃんと3割になるよ~に」に向けたほうが、10割を目指した苦労よりも楽しい結果が生まれやすそう。狙った3割を打てればバッチリ。ってか、そもそも最初は3割ですらムリ、くらいでちょうどいい。

なので、もう100点満点を目指すのはやめません?
「3割バッター」感覚で、やってみたらどうでしょう。

100点を目指すつまんない人が減って、おもろい3割バッターが増えますよ~に!!

ちなみにぼくは意識が低いので、2割で設定しています。