どうにも後輩や部下から好かれない上司や先輩の立場にいる人たち。地位やかかわり上、それなりに愛想づきあいあるものの、どうにも壁を感じちゃう。
もしくは、それなりに能力やスキルがあるはずなのに、「周囲が認めてくれない」と思っている若い人たち。

そんな人たちがいる一方で、そんな能力やスキルとは関係なく、先輩からも後輩からも好かれている人たちもいます。
先輩からイジられたり、後輩からさえ笑われたり、からかわれたりしながら、いつの間にか人の輪に溶け込んでいる人たち。それこそ、上司や先輩の立場にあってさえ、なんだか後輩や部下からも慕われてる人もいる。

そんな彼らをみて、「能力や立場が高いはず」の人たちはこう思います。
「立場や役職を超えて、もっと心を開いてつきあいたいのに……」
「おれのほうが能力も高いはずなのに、なんであいつらばかり……」

それなりに能力やスキルや立場が高いはずなのに、なんだかちゃんと評価されてない気がするし、まわりに上手に溶け込めない。気を使われているのか、それとも別の要因か。理由はどうにもわからないけれど、どちらにしろ親しい関係性になりたいのに、そういう空気にならない。


そういう人たちに足りないものってなんだろう、ってことを考えてみたんです。
スキルや実績、立場や役職にかかわらず、人との関係性を上手に構築できる人とそうじゃない人は、何が違うんだろう? って。

それでとりあえず辿りついたのが、「スベる勇気」なんじゃないかな、と。

スベるのが恐い。
失敗する姿を見せたくない。
弱みを見せるのがイヤだ。
「デキる人」に見られたい。
自分が上だと信じたい。

そういう感情がどこかにあって、その根本には「スキルや能力、実績や立場、役職で評価をされたい。ってか、されるべき」っていう考え方がありそうな気がします。
だから、スベるのが恐いし、スキルや能力やらをひっくり返される可能性がある失敗を恐がってる。弱みを見せたらマウント(立場が逆転)されるかもしれないし、自分が信じている「イケてる自分」じゃなくなっちゃうような気がしてる。
そういうのを全部ひっくるめて、「スベる勇気」の欠如じゃないかな、と。


ぼく自身そういう経験をしていて、それこそ中学生や高校生のときは「おれのほうが賢い」とか思ってました。それで友だちは少なかったけれど、それでいいとも思ってたんです。そのときは小沢健二師匠との出会いで、ちょっと人格が変わったんですけど、まだ「スベる勇気」をもつまでには至らず……。
衝撃を受けたのは、大学の同期と同じ会社で働くことになって、彼の部下のマネジメントをみたときでした。彼は部下に対してほとんど指示をしない。それで「おれは全然売れへんから、みんなが売ってくれんと困るね~ん」とか、「おっ、また売ってきたんや。もうおれの代わりにリーダーやってや~」とか言ってる。彼自身は社内でも売れてる営業でありながら、そんなことばっかり言っているわけです。
それで彼は部下からの信用も厚くて、部下と上手にコミュニケーションをしてるんです。それがぼくには、むちゃくちゃ衝撃的でした。

猿基地での学生とのかかわり方も、この9年でけっこう意識的に変えてきた部分もあったりします。
というのも、開業当初はゆ~てもまだ学生との年齢差も10歳前後で「頼れるお兄さん」くらいの接し方でも大丈夫だったんです(たぶん)。学生たちも、頼るときは頼ってくれるし、イジるときはイジってくれる。

けれど、さすがに近年になると、もう学生からしてみればぼくの年齢なんて「おっさん」です。
そんな状況で、エラソーにしてみたり、「ど~だ! すごいだろ!」なんて言ってたら、ぜんぜん距離が縮まらない。積極的にイジられたい。どんどん弱みを見せていかなきゃ、相手も心を開いてくれない。だからどんどんスベる覚悟で、弱みをみせるように気をつけているわけです。それでもまだまだぜんぜんできてない。

って、こんな話をするのも恥ずかしいわけですが、それもやっぱり「スベる勇気」。

強がったり、優秀に見せようとするよりも、どんどんスベる覚悟で自分を出していくことが大事なんじゃないかと思います。スベって当然、むしろスベったほうが「おいしい」と思うくらいの感覚で、もっとどんどん弱い自分も含めて出していけばいい。
もちろん裏ではしっかりやって、自力をつけておくのも忘れずに、ぼくももっとがんばりま~す!

楽しく、気持ち良く、適当に!!