グループディスカッション。
最近の学生たちが「グルディス」と略しているのを聞いて、もうモンスターハンターに登場する怪獣っぽい何かしか想像できないみつしろです。
先日、ちょっとした流れで学生たちがグルディスっているのを見せてもらったので、そのあたりについてちょっと。

というのもですね、やっぱりまだまだ学生たちはグループディスカッションをカン違いしてるよなぁ、と感じたわけです。
それこそ司会やらタイムキーパーやらといった役割分担は無意味だということは、これまでにも書いてきたし、『内定力』にも書きました。
ただ、そういう部分は、ゆ~たら「意味ないよね?」というだけの話で、じゃあ学生たちは何をどうしたらもっといけてるグループディスカッションができるのか、って話です。

たとえば、これを読んでくれている学生のみなさんは、いざグループディスカッションが始まるときにどう進めていったりしています?
「ボートレースをもっと世間に広めるには?」とか、「理想の社会人とは?」とか、「働く上で大切なことは?」とか、お題はいろいろあると思います。

そこで、まず何を話すか?

ぼくが見たグループディスカッションの場合、なんだかとりあえず「ボートレースに対する印象」だったり、「“広める”というのはどう定義するか」といった話から始めたりしていたわけです。メンバーそれぞれが話をふったりしながら、なんだか感じ良さそうな雰囲気をつくりながら、話をするわけですね。
その光景だけを見ていたら、それなりに仕事のできそうな社会人に見えなくもないといったら言いすぎかもしれないけれど、なんとなくできる学生っぽく会話をしてる。

けど、ぼくからしたらどうにも「ちが~う!!」と感じちゃう。
ちがうちがう!! 何を社会人ぶってんね~ん!!! と。

なんでかというと、みんながみんな相手の話をふんわり聞いてるようで、ぜんぜん行き先が見えてこないから。
雰囲気だけなら会話が成立してるようにも見えるし、相手に気を遣いながらそれっぽいディスカッションをしているようにも見える。

けれど、そこにはほとんど「意見」がないんです。

みんながそれなりに発言して、雰囲気は良さそうに見えるけれど、学生それぞれがどの方向に向かっているのか、どんな意見を持っているのかがぜんぜん見えない。お前の「意見」は何やねん、と。

本来、「複数人」で「ディスカッション」をすることの意味は、質問やテーマについて全体の意見をまとめて、最も良い解を導き出すことのはずです。
そのためには、まず一人ひとりがそれぞれの「意見」を出さなくちゃ、ディスカッションが成立しない。
まずは、質問やテーマに対して、正確じゃなくてもいいからとりあえずの「意見」を提示してからはじめたい。それを元に、それぞれ違う意見を調整したり、組み合わせたり、収束させながら、チームとしての答えを導き出す。それが「ディスカッション」のはずです。

それこそ、この記事でも書いたように、選考におけるすべては「自分をアピールする」もの。それはグループディスカッションも同じで、まずは自分の意見がなくちゃアピールも何もはじまらない。
なのに、なんだかむしろ意見がぶつからないように、誰の機嫌も損ねないように、時間内にどこかの着地点を探しているように見えちゃう。

だから、ちゃんとしたグループディスカッションにするために、

まずはみんなが「意見」を言う。
最初は、みんなの「意見」を聞く時間。

これをやりましょう。

「定義とか知識とかはなくていいんで、まずはみんなが思う“答え”を言ってみませんか?」から始めましょう。そこをベースにすれば、どんな意見が多いのか、どの人の意見を軸にするか、どうやってまとめていくかという方向性が見えやすくなる。
意見がないまま、牧場の羊さんみたいにふんわりトボトボ歩いてる集団じゃ、行き先も決まりません。方向が違ってもいいから、まずはそれぞれの行きたい方向を確認する。「ディスカッション」は、そこからです。

そうやって、
意見を言う時間
ディスカッションの時間
それらをまとめる時間。

この3つの時間帯に分けて考えれば、ちゃんとした意見を言い合うディスカッションになりやすい気がします。人とぶつからないようにしてふんわりおしゃべりするんじゃなくて、それぞれ違う意見なのは当たり前という前提で、しっかりと「ディスカッション」をしましょう。

繰り返しますが、グループディスカッションだって自分のアピールです。
んで、それはスキルや知識なんかじゃなく、「自分はこう考える人間であ~る」という部分でのアピールです。

さあ、気を遣ったふんわりおしゃべりの会から抜け出しましょ~う♪