学生を見ていて、ときどき「ぼうけんの書」の使い方を間違えちゃってる人がいるので、ちょっとその話を。とはいっても、そもそも「ぼうけんの書」には正しい使い方なんてものがあるわけじゃなくて、自分なりにいろんなことを好きなように書いていけばいいんですが、さすがにこの部分はハズしちゃいけねぇというか、これをやらないと「ぼうけんの書」とは呼べないぞう、というような部分の話。

というのも、「ぼうけんの書」は、正解を書く場所じゃないよ
ということ。

僧侶や魔法使いに比較的多いように思うのですが、自分なりに考えて、そこで出てきた自分なりに納得できる言葉をノートに書く、というような使い方をしている人がいたりします。

でもね、そうじゃないんです。
「ぼうけんの書」は正解を書く場所じゃないんです。「ぼうけんの書」は、たくさん材料を散らかす場所。正解(というか、自分が納得できる言葉)に至るための思考材料を置いておくところ。
方程式や関数といった数学の問題と同じで、途中の計算を飛ばしたり、頭の中だけで整理しようとしてもそりゃ解けない。途中で代入したり、補助線を引いたり、約分したりしながら一歩ずつ紙の上で整理をしていって、やっと答えに辿りつく。

「ぼうけんの書」もそれと同じで、自分の感情やら行動やらそういうことを、ひとつひとつ言葉に換えて、「こっちかな……?」、「これもあるかな?」、「じゃあ、これは?」って言いながら行ったり来たりしつつ自分の納得できる言葉を探してく。
写真や鏡がなくちゃ自分の外見は見られないように、自分の頭の中も客観視できる状態にしたほうが、自分のことに気付きやすい。んで、それはできるだけ多くの言葉で表現してみたほうが、解像度は高まりやすいはずなんです。

だから、「ぼうけんの書」にはとにかく言葉を書いていく。
しっくり来る言葉を探しながら、たくさんの言葉で感情や行動を表してみる。


ってのが、ひとつ。
そしてもうひとつが、目的を忘れないようにね、ということ。

「ぼうけんの書」はとにかく文字を書いていくことが大事です。
だけど、ある程度慣れてくると、文字をたくさん書くことが目的になっちゃって、行き先がわからなくなっちゃうことがあるかもしれません。たくさん文字を書いてはみるものの、「あれれ? どこに向かってるんだっけ?」ってなってしまうと、せっかくの時間も文字ももったいない。

「ぼうけんの書」は自分を理解すること、そのための言葉を増やすことが大事なのだけれど、そのそもそもの目的は「言葉で自分を信用させる」ためのものだよね、と。
人それぞれに、使い方や慣れの度合いによって進み方や納得度は違うだろうけれど、基本的には目的はあくまでも「言葉で自分を信用させる」ところを目指して書いていくわけです。

そのために「自分を理解」して、「自分が納得できる言葉」を探して、最終的には「人を納得させられる言葉」を使えるようになりましょう、と。そこは忘れちゃいけないよん、と。

いや、ホントにね。「ぼうけんの書」は、自分の好きなように書いてくれればいいんです。あれもダメとかこれはダメなんていうルールなんてほとんどないし、言いたくない。
ただ、せっかく就活ゲームを信じてくれて、実際に「ぼうけんの書」にとりかかってくれてる人がいるわけで、その人たちがより良い冒険者になって、多くの企業の人たちから信用される人になってほしい。ので、今回はそんなちょっとした注意点というか、気をつけてねってなことを書いてみました。

ま、むずかしく考えず、楽しく、気持ち良く、適当に~♪