けっこう前の記事なんですが、こんな記事を読みました。

いやはや、これは奥深い話……。
というのも、ヒューマノイド(人間型ロボット)の第一人者の石黒先生が「どうやったらロボット的な不自然さをなくすことができるか」と延々と考えるんだけれども、どうにもロボットっぽさが拭えない。質感やら動き方やら膨大な計測データを元にして緻密な機構を駆使して研究をしているるのに、やっぱり不自然さが残っちゃう。

んで、そこに演劇の演出家の平田オリザさんがアドバイスをするわけです。
彼が言うには、「無駄な動きこそがリアルだ」と。
ロボットにはそれがない。正確なシークエンスを実現することがロボットだから、そこには人間的なムダな動きが生まれないわけです。だから、そうしたムダな動作をプログラミングすることで、ロボットはより人間らしさが生まれるよね、と指摘するんですね。

んで、ここまでも充分に面白いのだけれど、奥深いのはここからの話で。
「ロボットにムダな動きをさせる」ということまではわかった。
じゃあ、その「ムダな動き」っていうのは、何をどの程度やればいいのか、というと、平田さんはこう言うんです。
「こことここの台詞の間は0.2秒空けてください」とか「ここは0.3秒縮めてください」とか「手の角度も少し上げてください」
プロの俳優はやっぱり、昨日より0.2、0.3秒も違うともう気持ち悪くなります。一般の方はその感覚が1.0秒ぐらいなんですけど。
って、ここに「プロ」なんだなぁ、と思わされます。

ぼくらが普通「プロ」というものを考えたときには、やっぱりどうしても結果や成果や表現物そのものの凄さで考えてしまいがち。だけれど、それを実現するためには、本当に緻密な部分へのアプローチの積み重ねがあるということが、この言葉に表れていると思うんです。


それこそぼくの好きなボートレースもそうです。
ボートレースのキモのひとつが、スタート。
スタートラインの100~150メートル前から、10秒くらい前にアクセルを握り込んでいって、スタートを合わせる。ボートにはブレーキがないので、「早すぎる!」と思ってもアクセルを緩めることしかできません。それでいながらプロレーサーの人たちは、スタートを0.1秒単位で合わせていくんです。
0.1秒ってどれくらいかというと、ストップウォッチでむっちゃがんばって「タタンッ!」ってやっても、切れないくらいのタイミング。

プロ野球の投手のリリースポイントもそう。
プロのデザイナーのレイアウトもそう。
ドラマーが0.1秒ズレたら、音色がぜんぜん変わります。

そんな「0.1」レベルの単位で戦っているのが、「プロ」なんだなぁ、と。


で、何が言いたいのかというと、
どんな「0.1」を突き詰めていくのが、自分の目指す方向なのかを知っておくといいかもなぁ、と。

それをわかっていると、自分の努力や工夫の方向性がわかりやすくなるんじゃないかな、と、そう思うわけです。

たとえばブログを書くなら、読み手にとっての「0.1秒」のストレスを無くすように書けるかどうか。
たとえば美味しい焼酎を入れるなら、「0.1℃」の違いで変化を生み出せるかどうか。

一般の人と比べて、10分の1の細かさまでに気づけてこそ「プロ」のレベルだと言えるのかな。じゃあそれなら、どんな指標を自分は目指すべきなのか。そういうことが見えてくると、プロとしての適切な努力・工夫をしていると言えたりするのかな、とそんなことを考えたりしました。