「自己分析」なんてしなくていい。
……という話を、ぼくはしているわけですが、このブログや電書を読んでくれている人の中には「ゆ~ても“ぼうけんの書”って、自己分析のことじゃないの?」と思う人もいると思います。

でも、違うんです。
あくまでもぼくの理解だけれど、世の中で「自己分析」と言われているものと、ぼくが考える「ぼうけんの書」の違いについて、ちょっと書いてみますね。

簡単にいえば、世の中で「自己分析」と言われるものをやっている人が理解しているのって、「いまの自分をちゃんと理解すれば、企業から評価されるポイントが見つかるはず」みたいなことを考えていると思うんです。

つまり、「ありのままで~♪」です。
いまのあなたでいいですよ。
その中で良い部分を見つけましょうね、と。

自分の中には何かしらの評価を得られるポイントがあるはずだ。そう考えて、それを見つけ出して、しっかりと伝えていけば、企業からも評価されるし、内定だって取れるはず。そんなことを期待しながら「自己分析」をしているんじゃないかと思うんです。

でも、ぼくはそうは思わない。
これまでに何度も書いてきたけれど、ほとんどの学生は本来「内定をとれるだけの潜在能力がある」と思っています。これはお世辞だとか、エンパワーするためとかではなくて本心で。

ただ、それって、「いまのままの自分でいいよ」ってな話とは違うんです。
あくまでも「潜在能力」がある、という話。それをしっかりと見つけ出して、引き出して、磨き上げたら、「内定くらいそんなむずかしいことじゃないよ」ということです。ほとんどの学生にとっては、「いまのまま」では内定レベルにはなりません。

ぼくが理解している「自己分析」っていうのは、いまの自分を理解すること、あらゆる時系列、さまざまな角度からこれまでの自分を炙りだして、「企業に評価されそうなポイント」を見つけ出すのが、自己分析。

一方で、ぼくが考えている「ぼうけんの書」の効用というのは、ふわふわ漠然とした「思い」みたいなものを、言葉に換える作業をする、ということ。まだ言葉になっていない「感覚」を言葉に変換することで、矛盾する部分が見えたり、足りないところに気づいたり、自分では意識していなかった特徴を発見したりすることができるということなんです。

そうやって、これまでは漠然としか捉えられていなかった「自分」を言葉で整理することで、「急激に成長スピードを高められる」という部分にこそ、「ぼうけんの書」の効用があるんです。
ほとんどの学生は、たぶん今のままでは社会では通用しません。でも、「ぼうけんの書」を通して、自分を言葉に変換して、欠点に気づいたり、矛盾に気づいたり、曖昧に感じていたことを発見したりすることで、成長にドライブがかかる。
そうした成長を加速させるためのツールが、「ぼうけんの書」なんです。

就活というのは、これまでに考えたことのないことを考え、それを他者に評価させる機会があるイベントです。だからこそ、その経験を通して自分を急激に成長させていくことができるわけです。

繰り返しますが、ほとんどの学生は「そのまま」では内定レベルには至りません。ただ、ほとんどの学生がちょっとした意識を持って、それなりの適切な努力をすれば、すぐに内定くらい取れるようになれるんです。それくらいの潜在能力は、ほとんどの学生は持っているし、いまの企業の人たちが設定している「内定ライン」は、そんなに高いものじゃありません。むしろ、内定ラインはどんどん下がっているようにさえ、ぼくには思います。

大事なのは「自己」を「分析」することじゃありません。
自分が自分を信じて、相手に伝わるような言葉を紡ぎ、それを発信しながら、ちょっとずつ修正していくこと。そうすることで、ぎゅぎゅっと成長していくことこそが、就活成功のためのポイントなんです。

就活で評価されるのは、必ずしも「これまでがんばってきた人」ではありません。むしろ就活という短期戦において「急激に成長できるだけの可能性を持った人」。それが、企業が評価したい人たちなんです。

ぜひとも、せっかくの就活という機会の中で、ぐいぐい成長していってください。