「社会人になったつもりで生活すればいいんじゃない?」

 学生から「すぐに内定が出る学生と、そうじゃない学生の違いは何?前者のようになるにはどうすればいいんだろう?」という質問を受けての僕の回答。僕としては「なるほど!確かにそうですね!」なんて納得してくれると思ってたら、全然の予想外で目の前の学生はむしろ混乱しちゃった。

 つまり、日々に起こることに取り組む上で、必要なことを考えて、締切りを設定して、適切な手段で、最大の成果を上げていく【プロジェクト】。やりたいこと、やらなきゃいけないこと、やった方がよさそうなこと、そういうのを全部プロジェクトのつもりで取り組んでみると、たぶん「内定が出やすい人」になる。
 僕がこの言葉で伝えようとしていたのはそんな感じのこと。でも、学生の彼女は全然わからなかったみたい。一緒にいた数人の学生からも「あんまりイメージできない」と言われて、ちょっとショック。わかってもらえなかったことそのものじゃなくて、「社会人みたいに」ということの意味が伝わらなかったことが。

 そこから一週間くらい、ず~っとこのことを考えていて、やっと「これかな?」と思える言葉が見つかった。たぶんこの周辺に答えはありそう。

 それは、「責任を意識すること」

 「社会人のように」と言ったときに、学生のみんながイメージできないのは、社会人の行動原理のベースがわからないからなんじゃないか、と。
 つまり、「なんで社会人は働くのか」がわからない。「お金のため」とか「成長のため」みたいな個人の価値観の話じゃない。もっと根本的な仕組みの問題。すべての社会人にとっての根っこの部分の話。そのヒントが「責任」なんじゃないかな。

 たとえば「学生は責任感がない」というのは多くの大人が言うことだけれど、そんなのは当たり前の話で、そもそも学生には責任を負う対象がない。講義に出なくても誰から怒られるわけじゃなく、単位をとるのが少し難しくなるくらい。バイトでちょっと遅刻しても、自分が怒られるかバイト代がちょっと減らされるくらい。友達との約束を守れなくても、ちょっと謝れば大体どうにかなっちゃう。そういう環境で過ごしていれば、責任感なんてなくて当然。

 そんな学生に比べたら、社会人は責任感がある(人が多い)。それを生み出しているのが、社会人として働く上で避けられない2つの対象。

 一つが「顧客に対する責任」。社会人は、顧客から料金を受け取るという形で「責任」を負う。顧客は「商品・サービスを購入することで、これくらいの満足を得られるだろう」と思うから料金を支払うわけです。
 もう一つは「会社に対する責任」。会社から給料を受け取り、会社からすれば「これくらいの価値を生み出してくれるだろう」と思うから社員に給料を支払う。この給料の元にあるのは顧客が払った料金だけれど、社会人にとってこの2つは別のもの。

 すべての社会人はこの2つの対象に対する責任を果たすために働いているわけです。そしてこの2つの責任は、たまたま「お金」の形をしているから見えやすくて意識しやすい。じゃあ「お金」による責任が発生しない学生が意識すべき「責任」って何なのか?

明日また更新するので、もし時間があったら考えてみてくださ~い。

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