なんで大人たちは就活生に新聞を読ませたがるんだろう。

 就活をはじめようとする学生に、大人たちは言う。「新聞を読みましょう」
 その言葉を信じて新聞読まなきゃ」と新聞を契約しはじめる人もいれば、「本当に必要なのかな?」と思いつつ、新聞を読んでいないことに不安を感じてしまう人もいる。

 でも、就活で新聞なんて読む必要なんてない。

 というよりも、今から読もうとする人にはコストパフォーマンスが低すぎる
 その辺の就活本には「新聞を通して“社会”を知り、世の中にどんな会社があるかがわかる」とか書いてあるけれど、わかるはずがない。
 社会というものを大きなパズルだとして、新聞に書いてある情報はあくまでもそのパズルの1ピースに過ぎません。つまり、それだけではあまり役に立たない。そのピースがパズルのどこに位置しているのか(=社会や自分にどういう影響があるか)を知るには、ある程度のベースが必要です。もちろんそのベースを作っていくのも社会人としては必要だけれど、今までにそういうことをしていない人がこれからやっていこうとするのは時間がかかりすぎる。そういう意味で「コストパフォーマンスが低い」のです。

 そして、新聞には「自分の人生に関わる情報」は案外少ない。当然、新書3冊分くらいの情報量だから必要な情報が含まれているのは事実だし、その膨大な情報の中から必要な情報をとりいれて仕事に活用できる社会人がいるのも事実。でも、それを選ぶアンテナも、解釈をする土台もない学生の多くにとっては、新聞はものすごく効率が悪い行為に思う。
 新聞に載っている情報の多くは、学生同士が「昨日のアメトーーク観た?」とか「ポケモン買った?」と話すのと同じレベルでしかなかったりする。社会人が「尖閣諸島問題では日本も断固たる姿勢を見せてほしいですねぇ」「そうですねぇ」なんて、それで人生は変わらないし、仕事がうまく進むわけじゃないもの。

 例外が1つだけ。新聞・テレビ業界に受かろうとしている人で、2年以上は新聞を読んでいる人。採用試験で「一般常識」という名の雑学テストを受ける必要がある会社では、新聞の情報は役に立つかもしれない。
 一方で、そうした選考がない会社に入ろうとした場合、新聞で得た知識はあまり使い途がない。周囲の学生に聞いても、新聞で得た知識が役に立ったという話はあんまり聞いたことがない。変化が激しい今の世の中、僕なら知識の多寡で学生のポテンシャルを判断しようとする会社は、正直言ってちょっと怖い。今どきそんな選考をしているような会社に明るい未来はたぶん訪れない。(新聞やテレビ業界なんて完全にそうでしょう?)

 新聞に月間3000円も払うなら、適当なビジネス書を2~3冊買って読んだ方がよっぽどタメになる。3000円もあったら、ちょっとした飲み屋のカウンターに座って、社会人のおっちゃんおばちゃん、お兄さんお姉さんと話をすることだってできる。むしろその方が「リアルな社会」を知れることが多い。
 「3000円も払ったんだから新聞読まなきゃ」と切迫感を抱いたり、「新聞すら読み続けられないなんて俺はダメだ…」と自己否定してしまうくらいなら、最初から読まなくたっていい。単純に新聞を読むのが楽しいなら読めばいいし、昨日のエントリーで書いたように今の段階で「楽しむ能力」がないなら、その能力を磨くよりも自己分析の楽しみ方を考えた方が就活のコストパフォーマンスは高い。

 「新聞を読まなきゃ就活はうまくいかない」という強迫観念は捨てちゃってもいい。酒を飲もう、本を読もう。新聞にお金を使うくらいなら、ね。その方が絶対的におトクだと、僕は思います。